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2026.04.22
【磯部正文】HUSKING BEE始動編2
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1994年、HUSKING BEEの編成が3ピースに落ち着いた頃に、3年以上お世話になった西荻窪のクリーニング屋のアルバイトを辞め、吉祥寺のパチンコ屋でアルバイトを始めた。
とある日に、その吉祥寺のバイトで初めて顔を合わす仕事仲間に声をかけられた。
「あれ?もしかしてHUSKING BEEの磯部くんじゃない?僕、MIDDI SHADEの木村です!」
バンド名こそ知ってはいたものの、対バンはしたことのなかったMIDDI SHADEのメンバー木村くんは同い年で、すぐ仲良くなった。そのパチンコ屋の仕事仲間たちが、下北沢屋根裏のライブに、僕らのノルマのチケットを買ってくれて見にきてくれて嬉しかったこと、思い出すなあ。
1995年に入るとHUSKING BEEのバンドのライブの本数も増えてきた。当時のライブでは、全バンドのライブが終わると共に、フライヤー配りが行われていた。
フライヤーというのは、先々に決まっているライブの告知を、各バンドが手書きだったりデザインされたものであったりで自作した、宣伝のための紙。ライブハウスの出口辺りからずらりと並んで、帰るお客さんたちに「お願いしま〜す」と言いながら渡す光景はお決まりだった。
その日のライブのバンドはもちろん、その日にライブをしていないバンドの人も、ライブ終わりに列に加わって配っていた。携帯電話もインターネットもない時代。情報は手作りで配られていた。ライブのオファー等を受けるために、自宅の電話番号をフライヤーに書くのが当たり前だったすごい時代。
HUSKING BEEの超初期(2.3パターン)は友人のポンちゃんが手がけてくれた。その後、もう手書きのフライヤーを配らなくてもよくなってきた流れになった97年ごろまでは、ほぼ僕が手書きで作っていた。
そう、そんな友人のポンちゃん(雑誌DOLL MAGAZINEの友達募集で知り合った)は、僕に熱っぽく語っていた。HUSKING BEEは、先ずはSnuffy Smileからリリース出来るように頑張ろうと。Snuffy Smileは栄森陽一さんが主宰していたインディーレーベル。根本的な思想に、草の根のレコード会社としての運営方針と虚無思想「ニヒリズム」が掲げられていた。
Coke Head Hipsters、God's Guts、Hi-STANDARD、Sprocket Wheelなど錚々たるバンドの音源が、その頃すでにSnuffy Smileからリリースされていた。主にEPアナログレコードが。
ポンちゃんは、Snuffy Smileからリリースの声がかかったら、バンドや曲に力がある証拠だから、そういう曲が作れたりライブが出来るようにと。
当時は前述したライブ告知のフライヤーの他に、ファンジン(fanzine)を配る方もいた。自分の好きなバンドをクローズアップして詳細に紹介するものだったり、イギリスやアメリカのインディーバンドの新譜の紹介、日本のインディーバンドのライブレポを載せているものだったり。
Snuffy Smileが配るファンジンは特にPUNKに対しての重心が重く、言葉も重く、思索を深める時間が多かった。PUNKって言葉が持つ意味は、人それぞれ様々で解釈の幅は広いと思うのですが、当時は自分にとってPUNKって何だろうなあと思いを巡らせた。君にとってPUNKって何?って聞かれた時に、即答できる言葉って何?と。
ライブやバイトで月日が経過するなか、シンプルな答えに辿り着いた。
ここには明記せず、生の言葉で言いたいので、機会があれば直接聞いてください。わしにとってのPUNKとは何か。
Snuffy Smile からは「Not Superstitious」という4バンド1曲づつのV/AのEPがリリースされていた。
第一弾はSprocket Wheel / Middishade / Blew / Lovemen。
第二弾はPlaymates / Sherbet / Blaze A Trail / Lifeball。
そして第三弾として、Cigaretteman / Husking Bee / Nobodys / Green Giantの4バンドでリリースされた。
ポンちゃんもわしも、目標が叶って心躍った。その後間も無く、横浜のバンドSHERBET が「Let's Go Get 'Em」4-songs EPをSnuffy Smile からリリース。HUSKING BEEも単独リリースの依頼をいただき、「Start Your Engine」というタイトルで4-songs EPをリリース。ちなみに収録曲は、“Beat It”“Give A Shit”“Don’t Care At All” “Go It Alone”。
ジャケはポンちゃんが手がけてくれて、インナーは僕が作った。「Start Your Engine」は1500枚限定でのリリースだった。とにかく単独でリリース出来たことは本当に嬉しかった。
ポンちゃんと「1500枚ってことは、買ってくれた人が少なくとも友達一人には聴かせるはずだから3000人は聴くってことじゃろう?すごいよなあ!」って弾むように話していた。
その後、1996年にSnuffy Smile からリリースされたV/AのCD(全19バンド)「ULTIMATE SLOW BEATS」に “8.6”という曲で参加した。
オリジナル曲が増えてきて、しかもリリース出来る喜びを感じる一方、ふと考えると上京して4年以上経つなかで、地元広島では8月6日について深く考えることは当たり前のことだったのに、東京で過ごしていると8月6日当日が少し薄まる感じがしていた。広島では、小学生になると毎年学校で行われてきた平和学習。被爆者の方から話を聞いて感じてきたこと。原爆ドームまで徒歩10分もかからない所で生まれ育ったことで感じたこと。曲に込めて伝えるべきだと思ったのでした。
96年に「ULTIMATE SLOW BEATS」がリリースされた頃は、「Start Your Engine」の完売の効果もあったでしょうし、対バンの勢いも加速していた相乗効果もあり、徐々にライブの動員が増え始めていた。
ともかく、ドジャースの野茂英雄選手がメジャーリーグで日本人初のノーヒットノーランを達成し、フジテレビでめちゃイケが始まり、僕は結局使わずに終わったポケベルの利用者数が過去最多になった1996年。今に繋がる大きな道筋を映し出してもらう出来事が起こるのでした。
▼HUSKING BEE初期にリリースしたEP
▼自作のフライヤー
▼自作のフライヤー
▼当時はコンビニのコピー機で印刷していたのですが経費削減のためにこんな感じで描いてA3の用紙にコピーして、それを4分割に切ってから配っていました。
1枚描いて、それを3部コピーして貼って、またそれをコピーでもいいのに、このフライヤー原画の場合は、同じ感じで全部手描き。よーく見ると少しづつ違う。(絵のサインにAngoと記している笑)
▶ARCHIVE
Vol.9:HUSKING BEE始動編
Vol.8:バンド結成に向かって編2
Vol.7:バンド結成に向かって編1
Vol.6:上京編2
Vol.5:上京編1
Vol.4:広島〜高校時代編4〜
Vol.3:広島〜高校時代編3〜
Vol.2:広島〜高校時代編2〜
Vol.1:広島〜高校時代編〜
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「Primary Colors」2025/11/29リリース

