NEW
2026.03.12
【日下部司】僕たちの等身大GOLDEN AGE
- BLOG
House MusicやHiphop/R&BのClub Hitで盛り上がる東京クラブシーンの中で、1990年からライブハウスは地獄の暗黒時代が続いていたが、一部のマニアックなクラブやライブハウスでバンドとDJによるPUNK系のオールナイトイベントが盛り上がって来た。
当時の僕は1980年代の高校時代から初期PUNK/日本のPUNK〜重厚なUK HARDCOREを中心に聞いてた中、高2から目覚めたSkateの影響なのかアメリカのSuicidal tendenciesから始まり、ビースティーやレッチリなどのミクスチャー/クロスオーバー系、Nirvana/Mudhoney/Dinosaur Jr.などのグランジ系、Bad Brains/7 Seconds/Dead Kennedys/MINOR THREAT/Black FlagのAmerican HARDCORE(通称アメハ)、METALLICA/ANTHRAX/MEGADEATH/ SLAYER/ S,O,D,/PanteraなどのThrash Metal/Loud系、AGNOSTIC FRONT/YOUTH OF TODAY/SICK OF IT ALL/Gorilla Biscuits/Murphy’s LawなどのNYHC/Straight Edge系などなど…..、よりHardなアメリカの音楽を自分も含め周りのみんなも聞いてた92/93/94年ころ。
20歳の時に『Bull The Buffalos』ってOi!系のバンドにベースとして加入し、23歳で『雷矢』を結成。
週1のバンド練習でスタジオに入ってた高円寺PUNK修行時代。当時もバンド演りながらも個人でDJ活動も行ってて、都内レコード店巡りを週2〜3回の頻度でDigってました。
新宿はALTAビル内にあったCISCOを始め、当時の新宿LOFT周りに有ったEDISON、VINYL JAPAN、新宿レコード、SKA/ROCK STEADYはORANGE STREETなどをチェック。渋谷はCISCO本店からHipHop/R&Bの新譜チェックをスタートし、CISCO LOUD店にてCHH小松君やスタッフみんなとバカ話で盛り上がり、Manhattan RecordsからWAVEやTower RecordにHMVとチェックが続き、途中でやしまか吉牛で腹ごしらえし、ZESTなどビルの中に入ってる小さな専門店へも行き、最後はLion Music DenにてDancehall Reggaeチェックするルート。
DJ PremierにACID JAZZ、HOUSE MusicとDisco classicなどなど隈無く徘徊し、
PUBLIC ENEMY/N.W.A/ICE CUBE/2pac/Snoop/Beastie Boys/House Of Pain/ Cypress Hill、RUN-DMC/ONYX/DE LA SOUL/ATCQ/BEATNUTS/Nas/Wu-Tang Clan/ Notorious B.I.G./Aaliyah/SWV/Mary J Blige/TLC/SADE/Jodeci/Tevin Campbell/R.Kelly/janet Jackson/ShabbaにSuper Catなどなどなどなど、PUNKもHipHopもR&BもDanceHall Reggaeも全てが同時進行で聞いてた音楽漬けな日々を過ごし、給料の殆どを音楽に購入に費やしてた。
そんな僕らが当時夢中になって追いかけてたBeastie Boys/Body Count/ House Of Pain/ Cypress Hill/ICE CUBE/GETO BOYSが次々と来日し、そこにCocobatとも共演してるGASBOYS先輩が全てのフロントアクトを務める快挙!マジでシビれたっス!
そしてみんなが多大な影響を受けたと思われるSNUFFが1991年に初来日し、1993年にSICK OF IT ALLが新宿アンチノックに、同年LEATHERFACEが恵比寿GUILTYで、1994年にNOFXが新宿LOFTにて初ライブ、同年にALL初来日と東京で海外のHARDCORE PUNKやメロディックパンク(メロコア)が凄く大きな流れになっていき、日本でもGreen Dayの『Dookie』やThe offspringの『SMASH』のアルバムヒットとなり、物凄い人気ジャンルとして成長して来たと感じましたね。
高円寺20000vから始まった僕の東京生活、夜な夜なライブハウスやクラブへ遊び行く内に仲良くなった友人達と、バカみたいに毎日遊んでた92~95年。ネオハードコアテイルで観たNUKEY PIKESとBEYONDS、新宿LoftでのライブにシビれたCocobat、日に日にライブ会場がデカくなるコークヘッドやハイスタの活躍に目を丸くした。
当時よく遊んでた元Devilock遠藤のGMFや、toeの山ちゃんがやってたDove、日本のミクスチャーバンドの代表ジェイソンズ、池袋で同じファッションビル内で働いてたマルのSPROCKET WHEEL、当時からオシャレだったヨウスケのSherbet、住んでる家も近所だったロンドンナイト/MOSH BOYz DJのアッくん、ライブハウス/クラブ/アパレルと付き合いが非常に長いヒデボー、僕らには優しかったツルのMILKCOW、全く新しい解釈で正にNEW SCHOOL HARDCOREだったBLIND JUSTICE/SWITCH STYLE/ヌンチャク、一緒に対バンやツアーも回ったヒロスケのBALZAC、少し年代は離れてたが当時からカッコ良かったBDB・ハスキン・BRAHMAN、代チョコや新宿アンチや渋谷ギグアンなどへ関係者ズラで観に行ってた友人達のライブ、横浜関内に有ったCLUB24へ毎回みんなで遊び行ってたヒカルさんの『MOSH BOYz』、恐る恐る通った下北251での『BILLYS WEEKENDER』、ライブ後に必ず有ったイベントフライヤー配りの長い列、安い酒とくだらないバカ話で皆と盛り上がる、朝まで続くライブ後の打ち上げという名の第2ステージ、毎日の様に遊び行ってたと思われる新宿『MILOS garage』と渋谷『DJ BAR Inkstick』などなど、気がついたら地獄のライブハウス暗黒時代が終わってた1995年。
無駄に暇を持て余し毎日遊んでた20代前半から、有難い事に週末が徐々にLIVEやDJなどで予定が埋まっていき、新たな音源を出す事がきっかけで東京以外でもLIVE活動が出来る様になり、それまでは当然有った自分達でのノルマチケット分の持ち出しが無くLIVE活動が出来る様になってきた。
そして人生初のバンド自主企画やレコ発を新宿LOFTで行える様になった25歳頃、LIVEもDJもPUNKもHARDCOREもHiphopもR&BもReggaeもみんなの音源もLIVEやCLUBの現場も、そして自家発電をする熱の塊の様な友人達、これが僕たちの等身大なGOLDEN AGEだった様な。
そんな1995年アメリカにて野外イベント『Warped Tour』がスタート。
次回は『大爆発前夜の日々』に続く…

当時の空気感が伝わる好音源『FAR EAST HARDCORE』
裏面が旧新宿LOFTライブ終わりの両脇フライヤー配りの列
▶ARCHIVE
Vol.3:東京JUDGMENT NIGHT
Vol.2:華やかな東京ナイトクラブ×暗黒時代のライブハウス=The ‘90s 東京ストリートカルチャー
Vol.1:音楽×洋服=The ‘90s 東京ストリートカルチャー
「尽未来祭 2025」SPECIAL REPORT ~by 日下部司~
▶LINKS
X:@tsukasakusakabe
Instagram:@tsukasa_kusakabe
Instagram:KYRA
SALAD DAYS CLUB

