6月11日ドレスデンの文化宮殿では、亀井聖矢がソロを弾くアジアツアーのプログラムで、ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の今季最終公演が行われた。1,800席のチケットは完売で、当日券を求めて来た人達のために、今日来られない定期会員の席を売るという説明がなされていたほどの人気公演だった。
ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番」を弾く亀井はよく伸びる音で、オーケストラも羽毛に包まれたような柔らかい音で支える。まさしくラニクルズが同ツアーの別プログラムで弾くブルッフにも求めた「ベートーヴェンのような透明感」効果か。ラニクルズは完全にオーケストラを手中に収め、自由自在にテンポも表情も揺らす。亀井はずっとオーケストラの方を見ながら音楽に入り込み、聴衆は意識していないようだ。地に足の着いた音で、弱音も安定感があり、フォルテもしっかり響く。柔らかく美しい、明るい清らかな高音も魅力だ。左手の音が綺麗に歌われているのも特筆に値する。そしてスリリングなカデンツァで聴衆を掌握した。

第2楽章はヴァイオリンのユニゾンが美しく、クレッシェンドした高揚感で「これがドレスデン・フィルの音色だ!」と確信した直後、亀井のピアノも更に美しさを増す。試用期間中だという、歌心のあるティンパニ奏者と美を追求し合うようなドゥオを聴かせた後、情熱が爆発していった。粘るようなレガートで始まり、それがどんどん昇華していく。亀井のピアノはどんな音も、体全体を使って垂直に、下まで鍵盤を押す。これが、サー・ドナルドが褒めていた打鍵法なのか、と実感した。この時点で、もう夢の中のような共演となっていた。
第3楽章は付点をあまり強調せず、控えめに始まったが超絶技巧を聴かせる度に熱を帯び、最後まで演奏者も聴衆も、ただ興奮に身を委ねた。
拍手を受ける際の初々しいステージマナーで初めて、亀井は当フィルデビューだったという現実に引き戻された程、堂々としたパフォーマンスだった。「皇帝的」から控えめな若者に戻った亀井は何度か舞台に呼び戻された後、ラニクルズの勧めで再度ピアノに座った。アンコールの「ラ・カンパネラ」はゆっくりと、歌心を大切にしながら弾き始められ、だんだん音が煌めきを増した。そのうちピアノは完全に「鐘」になり、最後は魔法にかかったように音の波が超速で行き来する。最後まで丁寧に歌い切ったこの1曲だけでも聞きに来る価値がある。会場は沸き、亀井のデビューに成功の刻印が押された。
満足そうな達成感に包まれた亀井氏に終演後、話を聞いたところ、「堂々と溌剌とした、屈しない」表現を目指して万端の準備を整えて臨んだと言う。まさしくその通りの演奏だったが、静かな波のような新しい発見ももらえたと言うので、それが日本ツアー中にどう熟成するのかも楽しみだ。
「皇帝」と「鐘」があまりにも輝いていたので、マーラーを聴かずに余韻を持ち帰りたくなる程だったが、彼らの「交響曲第1番」も特別だった。ラニクルズは協奏曲では指揮棒なしで、両手で空中に漂う「音の粘土」を捏ねるように音楽を創り上げていたが、ここでは左手に持った指揮棒で、各パートが弾くメロディのスイッチを押すように、ハーモニーの構成素材を際立たせてから統合させていく。冒頭の弦のフラジオレットから幻想的で、これから感動の体験が始まる予感に満ちていたのがその通りになった。第3楽章は2日前のプローベをホールの外で聴いた時、まるで「魔法の角笛」ように、ホール内に入って聴きたい衝動に駆られたが、ようやく生で聴けた演奏は鮮やかで、細部までが活生され、息もつけない。各所に遊びも散りばめられ、まるでカリスマシェフの創作料理に舌鼓を打っているようだ。詳細を記すスペースはないので、各々で体験して頂くことにするが、弱音を最大限に美しく活用し、マーラーの歌心をドレスデン・フィルの芳醇な音色で際立たせ、この曲に新しい光を当てるこの演奏は絶対聴いて欲しい。

取材・執筆:中 東生
写真クレジット:©Oliver Killig
サー・ドナルド・ラニクルズ指揮
ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団
ソリスト:亀井聖矢(ピアノ)
■チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2664681
6月19日(金) アクロス福岡 福岡シンフォニーホール
6月20日(土) ザ・シンフォニーホール
6月21日(日) 愛知県芸術劇場コンサートホール
6月22日(月) 東京芸術劇場コンサートホール
6月23日(火) ミューザ川崎シンフォニーホール
6月26日(金) 文京シビックホール 大ホール
ソリスト:樫本大進(ヴァイオリン)
■チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2664682
6月25日(木) サントリーホール 大ホール
6月28日(日) 横浜みなとみらいホール 大ホール

