英国ロイヤル・オペラ2024年日本公演 リゴレット役のエティエンヌ・デュピュイに聞く

2024.06.17

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エティエンヌ・デュピュイ

英国ロイヤル・オペラ2024年日本公演の『リゴレット』でタイトルロールを演じるエティエンヌ・デュピュイは、メトロポリタン歌劇場(MET)をはじめ、ベルリン、パリなど世界の一流歌劇場で活躍する実力派バリトン。英国ロイヤル・オペラ(ROH)との来日を前に、メール・インタビューに応えてくれました。トレーニングは自分の人生そのものというデュピュイ。リゴレット役について、オペラ歌手として考えていることなど、興味深い言葉は彼のリゴレットへの期待を高めます。


「ヴェルディが喜ぶようなかたちで、歌詞と音楽の両方を伝えたい。ヴェルディに会えたらよかったのに!」


――世界で最も名高いオペラハウスで歌うあなたは、現在最高のヴェルディ・バリトンの一人として認められています。あなた自身は、ヴェルディがバリトンに求めたものは何だと思いますか。


デュピュイ:私が読んだ本や、これまでに共に仕事をした舞台監督や指揮者から聞いた話によると、ヴェルディは歌と演技を同じくらい重視したそうです。彼がさまざまな歌手に与えた役柄の多くは、彼らの演技力に関係していました。例えば、『イル・トロヴァトーレ』のレオノーラは、ドラマティックで興味深いからという理由で特定のソプラノを選んだこととか、『オテロ』の初演にフランス人のバリトン、ヴィクトル・モレルを選んだことなど。ヴェルディにとって重要なのは、彼は聴衆が音楽とともに歌詞も理解できるように表せる人物(歌手)を必要としていたということなのでしょう。私は、ヴェルディが喜ぶようなかたちで、歌詞と音楽の両方を伝えることができればと思っています。彼に会えたらよかったのに!


――リゴレット役では、道化師としての責任感や自虐性、父としての愛情、怒り、苦悩、深い悲しみを表現するために、幅広い感情表現が求められます。初めてこの役を歌う前には、演じるための特別なトレーニングはされたのでしょうか?


デュピュイ:リゴレットのために特別な訓練をしたわけではありません。リゴレットのための最も特別な訓練というなら、人生、家族生活、そして友人、愛する人、失う人などから得るものだと思います。私は親しい友人を亡くした経験があります。私には子供がいて、愛する妻がいますが、彼らを失うことがどんなことなのか、誰かを失うことを恐れたときに私たちに何をさせるのかを思うと、(リゴレットに)共感できます。私たちは人間としてかなり非常識なところがあり、時として自分の意図以上の痛みを引き起こすような選択をしてしまうことがあります。誰かを守ろうとするとき、私たちはより多くの痛みを引き起こすかもしれません。リゴレットもそうです。そう、私のトレーニングは人生そのものなのです。そして私は、自分が生きてきたこと、そして私の周りの大切な人たちが生きてきたことの意味に対して、常にオープンであろうとしています。ここが鍵だと思います。


――MET、パリ、そしてすべての重要なオペラハウスでの豊かな経験を経て、2018年にROHでデビューされました。それぞれのカンパニーや観客について何か違いを感じましたか?


デュピュイ:METやパリはもちろんのこと、ドイツやモントリオール、シドニーなど、大きなオペラハウスでは、ヴェルディのオペラやプッチーニのオペラ、大定番のモーツァルトのオペラがとても好評で、みんな熱心に観てくれます。ただ、大きくはない劇場で歌うたびに、気づかされることがあります。それは、上演される機会が多くないけれど、私たちが忘れてはいけないオペラが、大きな劇場での上演より高い評価を得ることがあるということです。
ROHについて言えば、『ラ・ボエーム』でデビューしたときに聴衆がとても温かかったのが印象的です。みなさんとても興奮していました。このような現象は他ではあまり見られません。このようなことが起こるのは、ごく限られた劇場だけです。また、聴衆が熱狂するような素晴らしいキャストを揃えた場合にも起こります。ヴェルディの『運命の力』で、私の演奏と私たちの演技をみんなが喜んでくれたことは、驚きでもあり、とても嬉しかったです。
そして、ただハッピーというだけでなく、恍惚として、本当に、本当に楽しんでくれた。叫んだり、ブラボーとか言ってくれたりね。いつもそうなるわけではありません。そうなればいつも嬉しいですね。私が歌った2回とも、とてもとても歓迎してもらいましたし、これからもロンドンで歌いたいと思っています。


エティエンヌ・デュピュイ
英国ロイヤル・オペラ『運命の力』でドン・カルロを歌うデュピュイ(2023年公演より)
Photo: Greenwell / ROH


――クラシックの歌を勉強し始める前に、ジャズピアノを勉強していたそうですね。ジャズピアノは現在のあなたに影響を与えていますか? プロのオペラ歌手になろうと思ったきっかけは?


デュピュイ:たくさんの影響を受けています。クラシックの和音に必ずしも入っていない音を歌うことがあるたびに、より多くのことを楽しめるということです。意図的な、劇的に違う意味を持つ音とかね。私はいつも、オペラの音楽にジャズの色彩を加える新しい方法を発見したいと考えています。また、古いオペラのなかで、作曲家がほんの少し違う音を1つだけ使おうとしたことを見つけたりすることにも注意を向けます。それはもしかしたらオペラ全体の中で1つだけかもしれない。それを聴くのが好きなんです。それを聴くととても幸せな気分になります。『シモン・ボッカネグラ』の最後、シモンが最後に登場する場面で、彼が歌うなかには間違いなくクランチ音(歪みのある音)があるのです。そして毎晩、私はそこに注意を払いました。それは、私が以前ジャズピアニストだったからだと思います。こうした音を聴くと、特に嬉しくなるんです。
プロのオペラ歌手になろうと思ったきっかけ? 演技です。演技が理由です。歌いながら同時に演技もできることに気づいたからです。異なる言語、異なるキャラクターで自分を表現できるのですから。違う人物になったような気がして、とても幸せです。


エティエンヌ・デュピュイ
Photo: Dario Acosta


――ニューヨーク・タイムズ紙は、あなたを「洗練されたカリスマ的なステージ・プレゼンス」を持つ「上品で共感できるバリトン歌手」と評しています。実生活でも上品ですか?


デュピュイ:とてもいい質問ですね。正直なところ、私はこれまで何度もチャーマー(誘惑する人)、みんなを魅了するのが好きな人と呼ばれてきました。常にそうだとは思わないけれど、必要であれば、魅力を発揮することができます。人を魅了するって、私が人生で心から楽しんでいることであることは間違いないです。


――オペラ公演、コンサート、レコーディングと多忙を極めていらっしゃいます。仕事のスケジュールはどのように管理していますか? スケジュール管理の秘訣やルールはありますか?


デュピュイ:実はそれはほとんど不可能なことなのです。私だけではなく、世界中で活躍する歌手のほとんどは、かなりの頻度でドタキャンをしなければならない状況があります。その理由は、たいていの場合、健康に関するものです。また、人生の3年、4年、5年先を計画するのは不可能ということも理由にあります。スケジュールを考えるときには、エージェントと相談し、合間の休憩を計画します。そして私たちはそれをすべてやろうと努めます。ただ人生には直前まで予想できないことが起こり得ます。そしてもちろん、私生活、結婚、死、誕生、これらすべては予定外でも起こるのです。つまり、前もってすべてを計画立てることはできないのです。そこで私が秘訣と言えるとすれば、適応できるようになること。また、順応することができれば、オペラ歌手としてやっていくのは、いろいろな意味で楽になります。とはいえ簡単ではなく、うまくいかないこともよくあります。公演を辞退したり、家族に電話して結婚式や葬式に出られないと言ったり、英断を迫られることもあります。幸いなことに、たいてい家族はそれを理解してくれますけれどね。


デュピュイが歌うリゴレットの「悪魔め、鬼め」は下記よりお聴きいただけます。

マドリードのテアトロ・レアル(2023年12月)



英国ロイヤル・オペラ

■チケット情報:https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2347889

ジュゼッぺ・ヴェルディ
「リゴレット」

指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:オリヴァー・ミアーズ

〈神奈川公演〉
6月22日(土)15:00開演
6月25日(火)13:00開演 ※横浜平日マチネ特別料金
会場:神奈川県民ホール

〈東京公演〉
6月28日(金)18:30開演
6月30日(日)15:00開演
会場:NHK ホール

ジャコモ・プッチーニ
「トゥーランドット」

指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:アンドレイ・セルバン

〈東京公演〉
6月23日(日)15:00開演
6月26日(水)18:30開演
6月29日(土)15:00開演
7月2日(火)15:00開演
会場:東京文化会館


トップ画像:エティエンヌ・デュピュイ Photo: Emilie Brouchon

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