ヴァイオリニスト・服部百音のコンサート企画「Storia」。その3回目のゲストに指揮者の井上道義を迎える。
また特別ゲストとして、クラシック通として知られる小泉純一郎氏を招き、「厳選クラシックちゃんねる」主催のYouTuber・nacoの進行で、トークも繰り広げるという
――「Storia」という企画の趣旨を教えてください。
最初は、ご縁のあった方と一緒に演奏会をしようというのが出発点でした。どうせならシリーズ化しようという話になり、だったら演奏家の人柄のわかるものにと考え、トークを交えることに。日本のクラシック演奏会って、高尚なものとして扱われていたり、芸術家を神格化していたりして、敷居が高い雰囲気がありますよね。でも実は、演奏家や音楽家には人間味あふれる興味深い方が多いと感じています(笑)。彼らの人柄をみんなに知ってほしいし、彼らが何を考え、何を持ってステージに立って音楽を作ろうとしているかが話の中から見えてくると、より楽しく音楽が聴くことができると思って。それで私がホストになって、ゲストを迎えるコンサートを企画しました。
ゲストは3回目まで音楽家ですが、セッションができればバレエでも、歌舞伎でも、ジャズでもいい。何ならお話だけで音楽会でなくてもいいのかもしれないとも思っています。
――3回目となる「Storia III」は、マエストロ井上道義さんを指揮者に迎え、この公演のために編成された”Storia スペシャルオーケストラ”と協奏するということですが、井上道義さんとのご縁とは?
井上先生とは2017年の11月1日、私が17歳の時にチャイコフスキーのコンチェルトで初共演しました。
私は15歳の時、ショスタコーヴィチという作曲家と出会って人生が変わりました。5歳でバイオリンを始めて、8歳からザハール・ブロン先生に師事しながら世界を回るようになった。それと同時に、自分の中の孤独と戦う人生も始まって……。普通の10代の子がするようなことは何もせずに、ひたすらバイオリンの技術を磨いて、いい音楽をするためだけに時間を使ってきただけに、人間としては機能不全みたいなところもあるんですね。自分が何をしたくて生きているかを自問自答していました。ショスタコーヴィチもスターリンが支配するソビエト連邦の粛清の中、本当の自分を出すことができずに苦しんでいた人ですよね。その中で生み出されていく音楽のエネルギーに、ショックを感じる程共鳴したんです。
井上先生もショスタコーヴィチに共感されているのは知っていましたから、いつかショスタコーヴィチで共演したいという希望を持っていました。なので、先生の演奏会に足しげく通い、勉強させていただきました。
井上先生には、以前私がMUSICASAホールで企画したサロンコンサートのトークゲストに来ていただいたのですが、本番が終わった後に飲みに行って。その時に見透かされたように「ぶっちゃけ、今うまくいってるの?」と聞かれ、私の内にある溜まりに溜まっていた疑問や悩みを洗いざらい話したんです。そうしたら、「あなたは何も変える必要ないよ。あなたが間違えているのではなく、あなたみたいな人がいないからそう感じるだけ。そのまま行きなさい。」と、背中押してくださったんです。肩の荷がすっと下りた気がしました。
そんなある意味恩人みたいな井上先生が、2024年末で引退を表明されたこともあり、音楽を通じて先生に恩返しをしたいと思って、今回のゲストをお願いしました。
――ショスタコーヴィチで共鳴した仲であるのに、今回のプログラムはショスタコーヴィチではないんですね。
そうなんです。今まで先生とやったことがある曲を外して選ぶことにしました。バーンスタインの「セレナード」は私からの、ペルトの「タブラ・ラサ」が先生からのリクエストです。皆さんに面白い芸術世界を紹介できるのではないかと思って、現代音楽の作品に(しました)。
――特別ゲストに小泉純一郎さんというのもスゴイ人選ですよね。
政治家ということを取りはらった小泉純一郎さんは、ものすごく純粋な音楽愛のある方でいらっしゃいます。普通は「つまらない」と思った曲は聴かなくなるけれど、小泉さんは、その曲の良さがわかるまで何度も何度も聴くということをされる方。リスナー目線で、私たち演奏家と話していただけるのではないかと思ってお招きしました。
1回目、2回目は同世代の演奏家をゲストに迎えていたので、私の進行でざっくばらんなトークをしましたが、今回はちょっとカオスなトークになりそうなので、「厳選クラシックちゃんねる」のnacoさんに司会をお願いしました。ヴァイオリンを弾くのと司会をするのは大変なので(笑)。
――企画してプロデュースして、演奏して司会までするって大変ですよね。
でも、楽しいですよ。唯一無二の組み合わせで演奏会をコーディネートして、そこに自分が演奏で加われるのですから。そうやって人と繋がって分かり合えるって、新しいことだし、とても大事な時間です。
――服部百音さんといえば、曾祖父が服部良一さん、祖父が服部克久さん、父が服部隆之さんという名門音楽一家の出身で、ヴァイオリニストとして8歳から世界を舞台に活躍されています。別次元すぎて、どんな人なのか想像が難しいのですが(笑)。
意外と自分のことって、自分が一番わかっていないかも(笑)。実はこの夏に体調を崩しまして、演奏会を中止せざるをえない事態に陥ってしまいました。悶々として、演奏できないことが受け入れられず、「自分って何者なんだろう?」と考える時間が増え、少しずつ自分の抱えていた課題や恐怖心、不安……、意図せずいろいろなことに向き合う時間になりました。
音楽家の根底には、子供みたいな素直さと純粋さがあって、向こう見ずで好奇心旺盛というのが共通してあると思うのですが、私はそこに加えて、恐怖心と警戒心が強め。また、興味があることにはいくらでもエネルギーをかけられるのですが、興味がないとまったく注力できない。だから、自分を操縦しにくいんです(笑)。白か黒かじゃないグレーゾーン?みたいな部分を身につけたいのですが、できないですよ。でもそれが自分だと思うようにしたら、少し楽になりました。
――確かに、演奏家って白か黒で、フィジカルもメンタルもギリギリのところにいる印象があります。
芸術の中には、抑圧させたエネルギーの反動で到達できる究極の美しさというのがある。中途半端なところで妥協するのは芸術じゃなくて、趣味の領域だと思うんです。芸術家って献身と犠牲の精神でやっている人がすごく多いだけに、心身がボロボロになってドロップアウトしてしまう人も多い。それでも、絶対に妥協するわけにはいかないんです。それが芸術の素晴らしさだし、そこまでしてこそ精神世界との融合というか、愛と平和みたいなところと繋がれると思っているので……。
私もずっと自分を追い込んで、ヴァイオリンのことしか考えていなかったんですが、今後は人間として、演奏家として、グレーゾーンを含め、どう折り合いをつけていくかが課題になると思っています。
――音楽以外に興味のあることは?
見つけようとしているところです(笑)。じゃないと、ヴァイオリンがない時に自分の9割が消えるみたいな気になるから。療養期間中にヴァイオリンを弾かないでいたら、音楽ももちろんそうですが、やはり五感を刺激するものなら何でも好きだということがよくわかりました。
猫を愛でること、美味しい食べ物、美しい自然や絵画……など、たくさんありますよね。最近はガラスを張り合わせるトルコランプ作りにハマっています。
――現在24歳。今後の野望はありますか?
今まで持っていたこともあるのですが、それが必要以上に自分を苦しめていたとも思う。今は持っていないです。今やっていることに、やりがいを感じているからかもしれません。
でもただひとつ、死ぬまでにやりたいことがあります。ショスタコーヴィチの作品をコンプリートアルバムとして、音源として残したい。それをやり終えたらヴァイオリンに未練がなくなるかもしれませんね(笑)。とはいえ、「Storia」シリーズもそうですが、現在進行形のものや、やらなければならないことがまだまだたくさんあるので、すべてをやり終えるのは、まだまだ先になりそうです。
取材・文/坂本ゆかり
撮影/源賀津己
■チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2345096
2023年12月12日(火)
東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル
■出演
服部百音 (ヴァイオリン)
井上道義 (指揮)
演奏/Storia Special Orchestra
司会/naco (厳選クラシックちゃんねる)
■演奏曲目
M1:ペルト:「タブラ・ラサ」
M2:バーンスタイン:「セレナード」 他