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CRAZY VODKA TONIC「音溢城下~城下町から全国へ溢れんばかりの音楽と思いを~」Vol.75
2025.08.04
- COLUMN

「好きな食べ物がなくなった日のこと」
それに気づいたのは、冷蔵庫の扉を手にした時だった。
冷蔵庫を開けては閉め、棚をのぞいては肩をすくめ、何かが食べたいはずなのに、何が食べたいのかまったく思い浮かばなかった。空腹なのに、欲望の方向が定まらない。ラーメン?違う。オムライス?
…。
いつからだっただろう、「一番好きな食べ物は?」と聞かれて、即答できなくなったのは。
かつて、私は唐揚げを信仰していた。衣のカリッと音が鳴った瞬間、口の中でジューシーな幸福が弾ける。あれは確か、小学生の頃だった。給食の唐揚げが出た日は、通知表がオール1でもきっと笑っていられた。
高校に上がればカレーに浮気した。なんでもない日本式のカレーが好きだった、味が馴染んで、具がとろけかけていて、スプーンを運ぶ手が止まらない。自分の人生もこんなふうに熟していけばいいとさえ思った。
社会に出てからは焼肉だった。安いホルモンでも、仲間と七輪を囲むだけで最高だったし、煙と笑い声がごちゃごちゃになって、口に入れる前から旨かった。
そう、全部うまかったのだ。
全部、それぞれの時代の「一番」だった。
だから今、何が一番好きかと聞かれると困ってしまう。
もしかしたら、人は年を重ねるにつれて、“好きなもの”が増えていくのではなく、“選べなくなる”のかもしれない。味に慣れて、飽きたわけではないけれど、感動の閾値が上がってしまったというか。
それでも時々、なぜか無性に食べたくなるものがある。カップ焼きそば。ビーフジャーキー。他にも。
きっと「一番好き」は見つからなくても、「今日はこれがいい」があれば、生きていける。
さぁ今日は、なにを食べよう。
Vo.池上優人